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​↓ ご関心のある研究内容をクリックして下さい
※まだ書きかけの部分が多いです。説明図が少なくて分かり難く申し訳ありません。

1.細胞膜透過性タンパク質の開発 

​ 研究背景1ふつうのタンパク質は細胞膜を通過できない 
 
私たちのカラダは
無数の細胞からできています。細胞はリン脂質2重膜から構成される細胞膜に包まれています。この細胞膜は固いバリアーであり、細胞膜を自由に通過できる分子は一握りだけです。一般的には、「分子量が小さい(約500 Da以下)」「疎水性が高い」という二つの条件を満たす必要があります。もしくは、水やイオンやグルコースのように、細胞膜上に特別な輸送体やチャネルが発現している場合に限られます。

では、タンパク質は細胞膜を通過できるでしょうか? 答えは「No」です。タンパク質は分子量が10,000 Da以上がある巨大分子であり、おまけに親水性のアミノ酸が外側に露出した立体構造をもつので​細胞膜を透過することはできません。これは自然の当然の理です。もしタンパク質が細胞膜を自由に通過することができる、細胞質成分の約15%を占めるタンパク質が細胞外に漏出してしまい、細胞は機能を維持できなくなってしまうからです。

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 【研究背景2 】タンパク質を細胞内に入れたい! 

 

​ 私達細胞膜を通過できるタンパク質を作っていますなぜこのような特殊なタンパク質を作っているのでしょうか?その理由は「タンパク質を細胞の中に自由に送り届けることができれば、生命科学や医学に革命が起こる」と信じているからです。

 具体例としてタンパク質のひとつである抗体を考えてみて下さい。抗体は90年代以降から医薬品として使われ始め、今ではがんや自己免疫疾患の分子標的薬として広く使用されています。しかし、抗体もタンパク質であるため細胞の中に入ることができず、使用されている抗体は細胞の外細胞膜の上にある分子を標的とするものしかありません(抗PD-L1抗体や抗EGFR抗体など)。いっぽうで約80%を占める細胞内の分子は抗体の標的になりません。よって、タンパク質を細胞内に送り届けることができれば抗体医薬の標的は今の五倍近くに増えるはずです。

 この話は抗体や医学に限らず、生命科学ぜんぶに当てはまります。タンパク質は人類の歴史とともに進化してきており、特異的な立体構造や酵素活性など人知の及ばない機能を有しています。よってタンパク質を生命の本体である細胞の中に送り届けることができれば、生命の機能を自由自在に制御することも可能になります。例えば、細胞膜を通過するタンパク質を使ってiPS細胞やゲノム編集細胞が作れることが過去に報告されています。

Zhou, Hongyan, et al. "Generation of induced pluripotent stem cells using recombinant proteins." Cell stem cell 4.5 (2009): 381-384.

 【研究内容1】私達の取り組み:KRAS阻害剤の開発 

 

​ ​ 前置きが長くなりましたが、私達の取り組みをご紹介します。私達は2018年からKRASを標的とする細胞膜通過性タンパク質を開発しています。KRASはがんの約30%で活性型に変異している分子で、KRAS阻害剤は新しいがん治療薬となることが期待されています。しかし、KRASは細胞の中に存在する分子のため抗体の標的にはなりません。疎水性の強い低分子であれば細胞膜を通過できるのですが、KRASの分子表面には低分子が結合できる明確なポケットがないため、これもKRASに結合し阻害することは難しいです(KRASは「グリシ―ボール」とも呼ばれています)。2021年にKRAS-G12C変異型を阻害する共有結合型薬剤が実用化されましたが、これは求核性の高いシステイン残基と共有結合を形成することでKRASを阻害します。求核性が低いその他の変異型(G12VやG12D)にこの方法を応用することは難しいと考えられています。

図211.png

【研究内容2】 第一世代KRAS阻害剤の開発 

​ 

 私達が2019年に最初に開発したKRAS阻害剤は、細胞膜透過性ペプチド(CPP: Cell-permeable peptide)とRAS結合ドメイン(RBD: RAS-binding domain)の組み合わせからなる人工タンパク質でした。CPPはその名前の通りタンパク質の細胞内送達を補助する小さな数アミノ酸のペプチドです。RBDはRASエフェクタータンパク質がもつドメインで、RASシグナルを伝達する機能を有しています。私達はRBDが活性型RASに特異的に結合する点と、タンパク質としては比較的小型(約5,000Da)でユビキチン様の立体構造をもつ点に着目しました。ユビキチンは古くから細胞内送達法がよく研究されているタンパク質で、過去にCPPとの組み合わせで細胞内に高濃度(数μM)で送りこめることが報告されていましたた。よって、CPPとRBDが融合したタンパク質は細胞内に入り込み。活性型RASに結合し害することを期待しました(下図A)。

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 当初の開発は難航しました。最初に作った数個のCPP-RBDは細胞膜を透過せずRAS阻害活性を示しませんでした。失敗の原因として「CPPとRBDの相性が悪い」と考えました。先行研究において、CPPはタンパク質の立体構造や表面荷電によって細胞内送達効率が大きく異なることが報告されています。さらに、CPPは1種類だけでなく数百種類以上が知られており、どれが最も優れたCPPかもわかっていません。RBDも同様に十種類以上が知られており、それぞれRAS結合親和性や表面荷電が異なります。

 これらの背景を踏まえ私達は「CPPとRBDのあらゆる組み合わせを検討する」という手法を考案しました(上図B)。トータルで100種類以上のCPP-RBD融合タンパク質を合成し評価した結果、CPPにPenetratinを使用し、RBDにcRaf由来RBDの変異型(variant 1)を使用すると最大の膜透過性とRAS阻害活性が得られることがわかりました。この第一世代KRAS阻害剤を“Pen-cRaf-v1”と名付けました。Pen-cRaf-v1は細胞モデルでの50%阻害濃度は数 μMであり、2021年の発表当時ではトップクラスの活性をもつKRAS阻害剤でした。

発表論文:Cell Chemical Biology 2021

知財:特願2020-137653、PCT/JP2021/028880

岐大のいぶき42号記事で紹介、2021年「ライフサイエンス新技術説明会」で発表(Youtube)

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​この成果は単にKRAS阻害剤を開発したというだけではなく、以下の2点を示唆しています。

(1)最適な細胞内送達法は送達したいタンパク質(POI: protein-of-interest)によって異なること。

(2)現時点では、最適な細胞内送達法を論理的に推定することが難しい。よって、CPPとPOIの組み合わせを実験的に網羅的に討可能なシステムが必要がある。

 【研究内容3】 第二世代KRAS阻害剤の開発 

​ 

 Pen-cRaf-v1は最初のKRAS阻害剤として優れた活性を示しましたが、がんを発症したマウスに本剤を投与したところ、抗がん作用を全く示しませんでした。抗がん剤として実用化するには個体レベル(マウスモデル)でのエビデンスが必須であり、この壁を乗り越えなければ本剤は社会実装されません。そこでPen-cRaf-v1のアミノ酸配列を改変し評価するという合成展開を行いました。

 

約3年間の研究の結果、2022年にマウスモデルでも顕著な抗がん活性を示す第二世代KRAS阻害剤が完成しました(下図A)。第二世代KRAS阻害剤はPen-cRaf-v1に一つのドメインを追加した3ドメイン型の阻害剤で、KRASの分解を誘導する機能が付与されています。RBD-X-CPPは50%阻害濃度が数 nMに向上し、担がんマウスモデルでは約60%以上の割合で腫瘍が完全に消失しました。RASの分解を誘導しRASシグナルを抑制するという分子生物学的効果も確認できています(図C)。現在、抗がん剤としての実用化を目指した非臨床開発と​、さらなる改良研究を行っています。

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2.異常型タンパク質の検出法の開発

​ <1 異常型タンパク質とは何か? 
 
タンパク質には本来あるべき正しいカタチがあります。正しいカタチを
形成することによって、タンパク質は機能を発揮できます。では、タンパク質が異常なカタチになるとどうなるでしょうか? まず、タンパク質は本来の機能を発揮できません。これを機能欠損LOF: Loss-of-Function)といいます。また、異常なカタチのタンパク質は別の機能を発揮したり、生物にとって毒物となることもあります。これを機能獲得(GOF: Gain-of-Function)と言います。LOFもGOFも生物にとって好ましいことではありません。しかし、異常なカタチのタンパク質は、折り畳みの失敗や遺伝子変異、環境因子によって生体内で常に発生し続けています(*)。このため、生物は異常なカタチのタンパク質を除去するシステムを有しています(ユビキチン・プロテアソーム系、シャペロンなど)。このシステムが作動しているうちは異常型タンパク質が生体内に蓄積することはありません。

​​どのような場面でタンパク質は異常なカタチになるのでしょうか? 第一は、タンパク質合成時の折り畳みの失敗です。タンパク質はリボソームでmRNAから翻訳されますが、最初は1本のポリペプチド鎖として合成されます。これが正しいカタチに折り畳まれてタンパク質が完成するのですが、折り畳みが失敗し異常型になる場合があります。第ニは遺伝子変異です。タンパク質は遺伝子によってコードされています。遺伝子に変異が生じると、タンパク質にも変異が生じ、その結果誤ったカタチのタンパク質ができます。遺伝子変異には生まれつきもった変異(生殖細胞系列変異)と、生まれた後に起こった変異(体細胞変異)があります。私達は年を取るにつれて、遺伝子変異が蓄積していきます。よって、年を取るにつれてタンパク質が異常なカタチになる確率も上がり、これが一因でカラダが動きにくくなったり、病気にかかりやすくなったりします。その他の原因は、環境因子です。例えば、酸化ストレスなどを受けるとタンパク質のシステイン、メチオニン残基などが修飾されて異常なカタチになります。高温や低温も原因になりますし、単純に時間が経過するだけでタンパク質が劣化して異常なカタチになることもあります。

​ <2>異常型タンパク質と神経変性疾患 
 
 異常型タンパク質にはさまざまなものがありますが、その代表はタンパク質凝集体です。タンパク質凝集体とはその名の通り、タンパク質が凝(こ)り集まって固体やゲル状のものになった状態を指します。タンパク質は異常なカタチになると、凝集体を形成することがほとんどです(※)。

 

タンパク質凝集体はヒトの病気と密接に関係しています。経変性疾患(認知症、パーキンソン病、筋萎縮性側索硬化症など)は神経細胞が障害を受けて脱落する病気です。神経変性疾患では脳内にタンパク質の凝集体、とくにアミロイドと呼ばれる凝集体が蓄積しています。アミロイドはβシート構造に富み線維状のカタチのタンパク質凝集体で、数百個以上のタンパク質が集まって形成されます。比較的小さなオリゴマーと呼ばれる凝集体も蓄積しています。oligo-は少数という意味の接頭語ですので、2から10個のタンパク質が集まった凝集体を指します。こらの蓄積したアミロイドやオリゴマーといったタンパク質凝集体が機能獲得(GOF)によって神経細胞を傷害すること、神経変性疾患が発症すると考えられています。

 

(*)なぜ異常なカタチのタンパク質は凝集体を形成するのでしょうか? タンパク質の本体は多数のアミノ酸が連結した1本のポリペプチドの鎖です。ポリペプチド鎖は疎水性が高く、水には溶けません。例外的に、アルギニンやリジンなど特定のアミノ酸に偏ったポリペプチド鎖(プロタミンなど)は親水性が高く水にも溶けます。しかし、ほとんどのポリペプチド鎖は疎水的のため、無理やりに水溶媒(純水、生理食塩水など)に溶かそうとすると、水と油が分離するのと同じように、ポリペプチド鎖だけが分離し凝集します。つまり、タンパク質はもともと水溶液中で凝集する分子なのです。むしろ、タンパク質が水溶媒中で溶けていることが奇跡的です。​この奇跡は、タンパク質の進化によるところが大きいです。タンパク質は長年の進化によって、親水性アミノ酸を外側に向けるような立体構造を獲得し、水が主体である生物の中で凝集せずに機能を発揮できるようになりました。しかし、遺伝子変異などによって立体構造が少しでも乱れると、ただのポリペプチド鎖に戻ってしまい、凝集体を形成してしまいます。

​ <3>異常型タンパク質の自己複製能 
 
 異常型タンパク質は非常にユニークな機能を獲得している場合があります。その一つが自己複製能です。自己複製能とは異常型タンパク質が、正しいカタチのタンパク質を異常型に変える能力を指します。「腐ったミカンを箱の中に入れると、他のきれいなミカンも腐っていく」という現象がありますが、まさに同じことです。この性質によって異常型タンパク質は正常型タンパク質を巻き込んで、どんどん大きくなっていきます。まるで生物のようで、ウイルスや細菌を連想させます。この現象は1982年に発見され、プリオン現象と名付けられました。プリオン(Prion) はタンパク質(Protein)と感染(Infection)を組み合わせた造語で、タンパク質が感染体のように増殖することを指します。

自己複製能も神経変性疾患と密接な関係があります。まず、プリオン病と呼ばれる特別な神経変性疾患(クロイツフェルト・ヤコブ病、狂牛病など)はヒトからヒトに感染することが知られています。この感染源こそが、自己複製能をもった異常型タンパク質です。その他にも、一般的な神経変性疾患(認知症など)でも、異常型タンパク質が病気の進行に関与すると考えられています。すなわち、脳の1カ所で発生した異常型タンパク質が少しずつ増殖し、徐々に神経変性の範囲を広げていき、最終的には脳全体を傷害すると考えられています。このように、異常型タンパク質とその自己複製能は経変性疾患の悪の親玉ともいえる存在なのです。

​ <4>RT-QUIC法の発明 
 
 ​自己複製能はヒトにとっては非常にやっかいな性質です。しかし、これを逆手に取って異常型タンパク質を試験管内で増やすことができます。ふつうのタンパク質は試験管内で増やすことができませんが、自己複製能をもった異常型タンパク質であれば増やすことができます増やすことができれば、1分子や数分子の微量の異常型タンパク質を検出することができます。コロナウイルスでのPCR法のように。

具体的な増やし方としては、異常型タンパク質を正常型タンパク質のプールに混ぜます。あとは最適な温度やpHを与えてやれば、腐ったミカンと同じように、時間が立てばほとんどが異常型タンパク質に代わります。さらに、2000年代に異常型タンパク質に超音波もしくは振盪を加えることで、複製反応が促進されるとが発見されました。特に、振盪法は市販のプレートリーダーがデフォルトで振盪機能を備えていたことと相まって、広く世界​中で使用される手法になりました。こうして完成した手法は RT-QUIC (real-time quaking-induced conversion)法と呼ばれています。「Real-time」はプレートリーダーを使って異常型タンパク質の複製過程をリアルタイムで見るとを意味し、「Quaking-induced conversion」は振盪によって異複製を促進していることを意味します。RT-QUIC法はプリオン病やパーキンソン病において異常型タンパク質を試験管内で増幅し検出する手法として、実臨床で使われ始めています。

​ <5>簡単ではない RT-QUIC法 
 
 ​RT-QUIC法は素晴らしい手法ですが、PCR法のように誰でもできる簡単な手法では決してありません。最大の問題点は、正常型タンパク質が勝手に異常型になってしまう点にあります。<1>で述べた通り、タンパク質は

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